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命がけの読書(岐阜県図書館新館開館20周年記念講演会 講演録)


昔の中等学校の学生は、今ほどがつがつと勉強していませんでした。塾へ行ったりというようなこともなく、自分できちんと勉強して学校の授業できちんと学んだ後は、本を読むということに楽しみをもっていたように思います。

◆中学時代、生徒たちがいちばん読んだ本

当時の中学生はいろいろな本を読みましたが、特に多くの人が読んでいた小説は、森鴎外の「阿部一族」「高瀬舟」「ヰタ・セクスアリス」でした。

「阿部一族」
私たちは「殉死」という言葉を初めて知り、何と残酷なのかと思うと同時に、日本の武士道として「殉死」というものがあるということを知りました。

「阿部一族」を国立国会図書館デジタルコレクションで読む

「阿部一族」を青空文庫で読む


「高瀬舟」
森鴎外は「安楽死」を見せてくれ、私たちは「安楽死」を初めて知りました。

「高瀬舟」を国立国会図書館デジタルコレクションで読む

「高瀬舟」を青空文庫で読む


「ヰタ・セクスアリス」
少年の頃は誰もが知りたがっている、そして誰もが悩んでいる、しかし先生も親も誰も教えてくれない、性欲の問題を小説にしています。

「ヰタ・セクスアリス」を青空文庫で読む

森鴎外の作品を青空文庫で読む


個人的なことを言えば、近所には、後に文芸評論家として活躍した篠田一士(はじめ)がいて、これら以外のいろいろな小説も読みました。 その当時、我々若人に「かく生きよ」と示すような小説を書いていたのは、横光利一、川端康成、片岡鉄兵など「新感覚派」と言われた小説家たちです。

横光利一「日輪」を国立国会図書館デジタルコレクションで読む

横光利一の作品を青空文庫で読む

片岡鉄兵の作品を青空文庫で読む


彼らに続いて現れたのが火野葦平(ひのあしへい)です。『糞尿譚』というまことに痛快な人間の心を描いた作品を発表しました。

「糞尿譚」を国立国会図書館デジタルコレクションで読む

「糞尿譚」を青空文庫で読む

火野葦平の作品を青空文庫で読む


昭和10年代後半は「海軍」という岩田豊雄(獅子文六)の小説がよく読まれるなど、戦争を題材にした小説が中心になり、勢いのあった作家たちは、文学を切り開くような作品をあまり書かなくなりました。

「海軍」を岐阜県図書館の蔵書でを読む



◆寮での読書会

そんな頃に、ぼくは中学校を卒業し、昭和19年、東京の師範学校に入りましたが、文学など文科系を専攻している者は学徒動員されることになりました。
私のクラスは20人でしたが、一人また一人と出征して減っていきました。当時、戦争に行くということは絶対に死ぬということでした。
誰ともなく、今まで読んだ本のうちで、戦場で死ぬ時にこれをポケットに入れて死んでいきたいという本を発表し合おうじゃないかと言いだし、毎晩、有志が集まって、いわゆる最後の、命がけの読書会をやったのです。

平家物語
最初に発表した青木君は、平家物語を挙げました。
平敦盛の最期や薩摩守忠度の最期が感動的だったからだと言うのです。
「自分は国文科の一人として、死ぬときには歌の一首、俳句の一句でも作って死んでいきたい。だからこれをポケットに入れて持って行く。」と語りました。

「敦盛の最期」の部分を国立国会図書館デジタルコレクションで読む

「忠度の都落ち」の部分を国立国会図書館デジタルコレクションで読む


万葉集
万葉集を挙げたのは私です。
ぼくは父親が死んで20日経ってから生まれました。その時、母は25歳で、二人の姉は3歳と4歳でした。
母は若い未亡人だったのですが、その生き方は誠にけなげな生き方でした。だから私は万葉集を読むと、その中でも女性のけなげな姿を描いた歌に、どうしても心打たれます。

「稲つけば かかる吾手を今宵もか 殿の若子が 取りてなげかむ」(東歌)

解説を国立国会図書館デジタルコレクションで読む

「青柳の 発るる川門に汝を待つと 清水は汲まず 立ち処平らすも」(東歌)

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「真澄鏡 持てど吾はしるしなし 君が歩より なづみ行く見れば」

解説を国立国会図書館デジタルコレクションで読む

「防人に 行くは誰が夫と問ふ人を 見るが羨しさ もの思ひもせで」(防人歌)

解説を国立国会図書館デジタルコレクションで読む

「吾が夫子が 帰り来まさむ時のため 命残さむ 忘れたまふな」

解説を国立国会図書館デジタルコレクションで読む

「君が行く 道の長路を繰りたたね 焼きほろぼさむ 天の火もがな」

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「旅人の宿りせむ野に霜降らば 吾が子羽含め 天の鶴群」(遣唐使の母)

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◆菊と刀、GHQ

ぼくたちが平家物語の敦盛や忠度にあこがれていた頃、米国ではやがて戦争に勝つことを見越して、ルース・ベネディクトと言う女性の文化人類学者に、日本の研究を依頼しました。
ベネディクトは日本人の心を分析し、『菊と刀』としてまとめられ、日本語に翻訳もされました。

「菊と刀」を岐阜県図書館の蔵書で読む


戦後、マッカーサーを最高司令官とするGHQが設置され、日本は占領体制下におかれました。
平家物語から先ほどの敦盛や忠度の部分を削除したり、学校では、柔道、剣道などの武道は、国家主義的な精神性を思わせ、軍事的であるため禁止されました。
言論統制などはサンフランシスコ平和条約の発効までに全て解禁になりました。
そして昭和27年には、日本が16年ぶりにオリンピックに出場しました。そのときの日本選手の代表として日の丸を持ってヘルシンキの陸上競技場に入場していったのは、岐阜市出身の棒高跳びの沢田文吉さんです。お亡くなりになるまで、私と一緒にお話をしながら、岐阜のスポーツ界をリードしてきた人です。沢田さんは生前、ヘルシンキのグランドへ国旗を持って入場し、ふとスタンドを見たら、日の丸の小旗を振っている一群があり、それを見たら涙が出て前が全く何も見えなかった、とおっしゃっていました。

◆出家とその弟子

さて、命がけの読書会に戻ります。
ミワ君は「ぼくは『出家とその弟子』だ」と言いました。
「俺は今、一人の女性を愛している、その愛する女性のために死ぬということは、国のために死のう、文化のために死のうということからいったら、邪道じゃないかと思うかもしれない。でも、ぼくは邪道だとは思わない、永久に存続するためのものに命をささげれば、肉体は死んでも精神は永久であるということは同じではないか。おれは早く戦死しても、おれの恋人が未亡人になっても、二人の愛は永久だと思っている」と彼は言いました。

「出家とその弟子」を国立国会図書館デジタルコレクションで読む

「出家とその弟子」を青空文庫で読む


ついに戦地から帰ってこなかった同級生を思うと、彼らの読書はまさに命をかけた読書であったと思うのです。

◆歌会始

歌会始の今年のお題は「本」という字で、「ほん」または「もと」と読んでもよいというものでした。
皇后陛下の歌を読んだとき、私は、寮での読書会を思い出しました。
何のために死ぬのか…それは大切なもののため。では大切なものとは何なんだ――私たちが戦争中に、その答えを本の中に探したのと同じように、皇后陛下も何度も本の林の中に入り、何かを探していらしたのではないかと思いました。
入選した歌のなかには戦後の様子を歌ったものもありました。わずかに焼け残った、兄さんや姉さんの古くなったお下がりの本を持っている子のところに、みんなが集まって勉強し合ったのです。

平成二十七年歌会始御製御歌及び詠進歌(宮内庁ウェブサイト)


昨年のノーベル平和賞は、マララ・ユスフザイさんという少女が受賞しました。そのマララは受賞のスピーチで「強い国々は、なぜ、銃を与えることはとても簡単なのに、本を与えることはとても難しいのでしょうか。」と叫びました。
いまだに世界には本に飢えている国がたくさんあります。日本にも本に飢えた時代がありました。ぼくとその同級生は、本に飢えた時代に、本というものに助けられました。今、日本は本に恵まれていて、私たちは本に楽しみの存在を見出しています。そして今、命がけの読書会を開いていたあの頃のことを思うと、ぼくたち自身を抱きしめてやりたいような、そんな思いに駆られるのです。

マララさんの受賞演説(読売中高生新聞)

ヨミウリ・オンライン


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